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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)151号 判決 1962年12月19日

控訴人 原告 加藤与市

被控訴人 被告 国

訴訟代理人 家弓吉已 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における新たな請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金八百六十五円を支払うべし。被控訴人は控訴人に対し国民義務教育図書代金五千八百三十六円の徴収行為をしてはならない。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の陳述は、控訴人において、控訴人の子加藤京子は現在控訴人の肩書住所地の町立小学校第二学年に在学中であるが、京子が右小学校第一、二学年の間に必要とした義務教育用教科書代金は計金八百六十五円であり、またこれから義務教育終了までに必要とする右教科書の代金総額は金五千八百三十六円であるところ、控訴人は京子の親権者として現在まで右金八百六十五円の教科書代金を負担支出した、しかしながら、日本国憲法第二十六条第二項は義務教育はこれを無償とすると定めているのであるから、義務教育に必要な教科書代金はすべて被控訴人国の負担すべきものであり、児童生徒の保護者たる控訴人の負担すべきものではない、よつて控訴人は被控訴人に対し右金八百六十五円の教科書代金の償還を求めるとともに、被控訴人国から京子の義務教育期間の終了まで前記金五千八百三十六円の教科書代金を徴収されるおそれがあるから、被控訴人に対しその不行為をも併わせ求めるものであつて、請求の趣旨を右のとおり改める、なお児童生徒が義務教育用教科書を入手するには、学校が児童生徒の保護者からその代金を徴収し、児童生徒が学校から交付を受けるという方法によるのが公立学校における実情であつて、かようなことは直接には市町村教育委員会の行う教育行政に属する事項ではあるがかかる教育行政は国の教育行政機関の指導指示によるものであるから、右の教科書代金の徴収は、結局国の徴収行為と目すべきものである、と述べたほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴人訴訟代理人は、証拠として乙第一ないし第十号証を提出し、控訴人は右乙号各証の成立を認めると述べた。

理由

控訴人の本訴請求は、公立学校における義務教育用教科書の代金は憲法第二十六条第二項の解釈としてすべて国において負担すべきであり、児童生徒の保護者の負担支出すべきものでないとの見解に基くものであるから、まずこの点の主張について判断する。

憲法第二十六条第二項後段には「義務教育は、これを無償とする。」と規定しているが、無償とされる義務教育の内容は規定せず、これを立法に委せているものである。ただ、少くとも右規定は、国民がその保護する子女に受けさせる義務のある普通教育については、その教育を無償で受けさせられる旨を規定したものであること、同項の文言を通じて明らかなところであるから、ここに「無償とする。」との意義は、少くとも普通教育を受けさせること自体については有償としないこと、換言すれば、児童生徒の保護者をして児童生徒に普通教育を受けさせるにつき対価的意味を有する何らの報償をも提供させないことを宣明したものと解すべきであつて、教育を受けさせることの報償はいわゆる授業料をいうものとすべきであるから、結局同条第二項後段の規定により、義務教育を受けさせるについて授業料を徴収しないことだけは別段の立法をまつまでもなく直接に憲法をもつて定められているものと解するのを相当とする。しかしながらその他の費用は立法をまつてその負担を定むべく、同項後段の規定により直接これを定めたものではないものと解すべきである。もとより同条第二項は、その前段において国民に対しその保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負担させているのであるから、児童生徒に義務教育を受けさせるに必要な出費は、その保護者に負担させないよう、公共の財政負担能力に応じ万全の施策が講ぜらるべきであることはもちろんであるけれども、それは財政等の事情を考慮して立法等により具体的に定められるべきもので、同条第二項後段の趣旨としては上記のとおり解すべきであり、これをもつて授業料のほかに、教科書代金をも含む義務教育に必要な一切の費用をもすべて無償としなければならないことを定めたものと解することはできない。

右のとおりであるから、控訴人の前記見解は採用しがたいところであり、しかも、控訴人においてすでに支出し又は将来必要とするその主張の教科書代金についてこれを国の負担とした成法上の定めは現在のところ存在しないから、義務教育用教科書の代金は国が負担すべきものであることを前提とする控訴人の本訴請求は、その他の点に対する判断をするまでもなく失当としなければならない。

控訴人は当審において、原審における請求の趣旨中金八百六十五円の支払を求める部分のみ請求を維持し、その余の請求を撤回するとともに新たに不作為の請求を付加しているから、右金員支払請求に係る部分については本件控訴を棄却すべく、当審における新たな請求はこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小沢文雄 判事 中田秀慧 判事 賀集唱)

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